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大國魂神社と馬場大門欅並木

東京都府中市宮町3−1
交 通

京王線 府中駅
南武線・武蔵野線 府中本町駅

馬場大門欅並木
大國魂神社ホームページ
大国魂神社・参道
武蔵総社 大國魂神社

 当神社は、大國魂神を武蔵の国魂と仰いで、鎮祭し祀った神社である。
第12代景行天皇41年(111)5月5日大神の神宣によって創立せられ、武藏国造りが代々奉仕
して祭務を司った。その後孝徳天皇の御代に至り、大化の改新(645年)により武藏の国府がこの
地に置かれて、当社を国衛の斎場として、国司が祭祀を奉仕して国内の祭政を司った。国司が国内緒
社の奉幣巡拝等の便により側に国内の緒神を配祀したので「武藏総社」と称し、又両側に国内著明の
神社六社を奉祀したので「六社明神」「六所宮」とも称された。鎌倉幕府以後徳川幕府に至るまで代
々幕府の崇敬厚く、再三社殿を造営し、徳川幕府より社領500石を寄進せられた。明治18年より
昭和21年迄官幣小社に列せられ、其の後宗教法人となる

随神門
中雀門
廻 廊
手水舎
拝 殿
拝 殿
本 殿
大国魂神社鼓楼

 鼓楼は、太鼓を懸け時刻を報ずるための建物で、元来
中国で発達し、わが国へは鎌倉時代に移入され、主とし
て寺院に設けられた。そして江戸時代になると鐘楼と相対
して造られることが多く、宇治の万福寺や日光東照宮のも
のがよく知られている。
 大国魂神社では慶長年間の造営の祭に、三重塔と相対し
て建てられたが、正保三年(1646)の大火で焼失、
二〇〇年余たった嘉永七年(1854)に再建されたのが
 この鼓楼である。この鼓楼は、現存するその再建連社板
によると、府中はじめ日野・多摩・町田の各市域の十七名
の人々によって寄進されたことがわかる。
 その後、三回程修理が加えられているが、よく当初の原
形を保っており、神社では数少ない貴重な建築物である。

鼓 楼
宝物殿
神楽殿
東照宮
御旅所
府中高札場

 法度、掟書、犯罪人の罪状などをしるし、交通の多い市場、
辻などに掲げた板札を高札といい、庶民の間に徹底させるた
めこれら高札を掲げる場所を高札場といった。これらは中世
末期からあったが、江戸時代が最も盛んとなり明治三年(1
870)に廃止された。高札場は無年貢地で街道の宿場や村
の名主宅前など目立つ場所に普通設置され、江戸には日本橋
など六箇所の高札場をはじめ三十五箇所に高札場があったと
いう。
 府中の高札場は、府中市において甲州街道と鎌倉街道の交
叉す所、大国魂神社御旅所の柵内にあり、屋根を有する札懸
けで、これに六枚ぐらい高札が懸けられていた。

札の辻と問屋場跡

 甲州街道(道中)と鎌倉街道が鍵の手に交わるところに
高札があったところからこの界隈を「札の辻」「鍵屋の辻」
と呼び親しまれていました。
 安政六年(1859)府中宿本町に大火があり、これを機
に萬延二年(1861)中久本店の店蔵を防火建築物として
再建。隣地は問屋場(江戸時代の宿駅・人馬・駕籠などの継
ぎ替え所)であったため、大道芸人の辻芸を楽しむ人々等で
賑わい、武蔵府中の中心として栄えました。

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