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都立の庭園のご案内

清澄庭園

全国から名石が集まった庭園

東京都江東区清澄 三丁目3番9号

都立の庭園案内

開園時間  午前9時〜午後5時(入園は午後4時30分まで)

交 通 ・都営大江戸線・地下鉄半蔵門線
     清澄白河駅から徒歩3分
    ・駐車場なし
休園日  12月29日〜翌年1月1日
入園料  150円・65歳以上 70円
 (小学生以下と都内在住の中学生は無料)
問合せ先 清澄庭園管理所 03-3641-5892
涼 亭 

名 石

花ごよみ

清澄庭園

 この庭園は、泉水・築山・枯山水を主体とした「回遊式築山林泉庭園」で、江戸時代の大名
庭園の造園手法を明治時代に引き継がれ、近代化して完成したものです。
 この地の一部に江戸の豪商・紀ノ国屋文左衛門の屋敷があった、と言われています。享保年
間(1716〜1736)には、下総國関宿城主・久世大和守の下屋敷となり、この頃に庭園
の原型が形づくられました。
 明治11年、岩崎弥太郎が荒廃していたこの邸地を含む3万坪(約10万平方メートル)を
買い取り、明治13年(1880)4月「深川親睦園」と命名し、三菱社員の慰安や内外賓客
を招き、招待の場として用いることとした。
 岩崎弥太郎亡きあと、岩崎弥之助(弥太郎の弟)が庭園に手を加え、隅田川の水を引いた大
泉水とし、全国から取り寄せた奇岩名石を配した造園工事が行われ、明治24年、明治時代を
代表する庭園が完成されました。
 関東大震災ではこの地域は大被害を被りましたが、この庭園は救いの場となり、被害時の避
難としての役割を果たし、多数の人命が助かりました。
 岩崎久弥(弥太郎の嗣子)は、こうした庭園の持つ防災機能を注視し、被害の少ない現在の
庭園部分(「深川親睦園」時代の約半分)を東京市に寄付しました。
 東京市は、大正記念館・深川図書館などを整備移築し、昭和7年7月24日「清澄庭園」と
して開園しました。昭和48年、庭園の西側の隣接地を買収し、昭和52年6月1日から一般
の都市公園として開園しました。
 なお、清澄庭園は、昭和54年3月31日付きで東京都の名勝に指定されています。

大正記念館
清澄霊園入口
「古池の句」碑由来

 当庭園より北北西四百メートル程の所に深川芭蕉庵跡(江東区常盤一丁目三番・都指定旧跡)が
あります。
松尾芭蕉は、延宝八年(1680)から元禄七年(1694)まで、門人の杉山杉風の生簀の番屋
を改築して、芭蕉庵として住んでいました。
 かの有名な「古池の句」は、この芭蕉庵で貞享三年(1685)の春、詠まれています。
 この碑は、昭和九年に其角堂九代目の普永湖という神田うまれの俳人が建てたものですが、芭蕉
庵の改修の際、その敷地が狭いので、特に東京市長にお願いしてこの地に移したものです。従って、
この場所が芭蕉庵と直接ゆかりがあると言うことではありません。
 尚、当庭園の南東側、海辺橋緑地に採茶庵跡がありますが、芭蕉は元禄二年(1689)に「奥
の細道」の旅をここから出発しました。

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