東京散歩・東京散策
都選定歴史的建造物
24 中央区立泰明小学校

所在地    中央区銀座 五丁目1番13号

建 物    建設年 昭和 4 (1929)
設計者    設計者 東京市 原田俊之助

構造・規模  木造一部 RC造 3階(1)

最寄駅    ・東京メトロ 日比谷線 銀座駅B6・B3出口
       ・JR 東海道本線・山手線・京浜東北線・有楽町駅東口

概 要     震災復興事業の一つとして建てられた小学校。カーブを描く壁面やアーチ
        窓等、全体的に表現派風の意匠をもつ建物。       

中央区立泰明小学校

 泰明小学校は明治11年に開校し、現在使用されている建物は、関東大震災を機に、
耐震・耐火性の高い鉄筋コンクリート造りの校舎として立て替えられたものである。
 表現主義と呼ばれる建築様式の建物で、カーブを描く壁面やアーチ窓を使った外観
に特徴がある。L字型校舎の南端に位置する玄関部分には、柱や入口屁等に個性的な
装飾が集中して施され、建物の顔となっている。これらの意匠は、震災復興期につく
られた他の小学校ではあまり見受けられない個性的なものである。また、校庭に面し
た側の窓は他の学校よりも大きくとられ、開放的な印象を与えている。
 蔦のからまる校舎は銀座のシンボルとして人々にsたまれおり、今なお往時の景観
を残している。

みゆき通りと門扉

 この通りは明治天皇が宮城より海軍
兵学校に御行幸された折りにお通りに
なられたことからみゆき通りと呼称さ
れるようになったといわれている。
 また門扉は、その時代南フランスの
貴族の館で使用されていたものである。

北村透谷・島崎藤村記念碑

 泰明小学校は明治十一年(1878)6月に開校され、北村透谷・島崎藤村はその初期の
卒業生でした。
 北村透谷(1868〜1894)は、現在の神奈川県小田原市に生まれ、明治十四年に家
族とともに京橋区弥左衛門町(現在の銀座四丁目)に転居し、翌年卒業するまで泰明小学校
に通いました。その後、自由民権運動に惹かれて政治運動を志しましたが、後に文筆活動に
転じ文芸評論家・詩人として活躍しました。明治二十六年雑誌「文学界」に参加した透谷は、
文芸における自由主義を唱え、近代浪漫主義文学の開拓者といわれました。

 島崎藤村(1872〜1943)は、中山道馬籠宿(現在の岐阜県中津川市)に生まれ、
明治十四年に上京し、京橋区鎗屋町(現在の銀座三・四丁目付近)の姉の嫁先から泰明小学
校に通学しました。その後、姉夫婦が帰郷したことにより同郷人の家に寄寓し、明治十七年
に卒業しました。明治学院在学中に文学の関心を深めた藤村は、「文学界」の活動を通して
透谷から深い影響をうけました。著作に「若菜集」・「春」・「夜明け前」などがあり、な
かでも「破壊」は自然主義文学の先駆と言われています。

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